著しい環境条件の変動のうちに揺らぐ人間住宅世界に対して、研究はどのように関わりうるのだろうか。
住宅系研究論文報告会で発表されたひとつひとつの論文は、その問いに答えようとしている。東京・田町の日本建築学会の会議室での午後のひととき(12月8日)。ナマの発表にふれつつ、2日間にわたる計38編の論文を概観しながら次のような考えとキーワードが触発されつつ自己の考えの中に動きはじめた。
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情報が氾濫し、価値観が多様化していく現代社会においては、「人間住宅世界」というものは定型のものではなく、ヒト・モノ・コトの関係は複雑化し、多数化していく。標準やタイプによる定型の「住宅世界」と確固とした標準家族の生活の対応関係が計画・評価されたのが「戦後住宅」だったとすると、その理念や方法は1980年代に臨界点を迎え、それ以降の現代ハウジングとは、多様化する「住宅世界」に対峙して、個と全体、ソフトとハード、歴史と未来、エコロジーとエコノミー、事実と価値、混乱と秩序等の間を二次元的にとらえず、連続的にとらえる柔らかい観点と方法を模索してきた。
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そうしたことを背景に、建築計画・都市計画・建築経済・農村計画の諸領域をクロスオーバーする住宅系研究の方法的視座に、ひとつの表現を与えるならば、それはいささか固い言い方になるが
自律的相互的組織性の生成変化
である。
「自律的」とは住み手と住まい・環境の関係において、autonomic:自らの行動を自前的におしすすめることであり、well-being:よりよく生きよりよく住まうことである。
「相互的」とは自己と他者、ヒトとモノの関係において、mutual:お互いさまのかかわりを紡ぐことであり、collaborative:異なる立場の混ざりあいにより新しい価値・発想を創発させることである。
「組織性」とはヒト・モノ・コト・トキの間に、systematic:社会的に連携と連帯の系統的なしくみを育むことであり、sustainable:状況の持続的展開を図ることである。
「生成変化」とは、実在の住宅世界の現実に潜むエネルギー(潜在性)を可能性に変える経緯・プロセスであり、モデルや公理や基盤なしに思考することである。
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自律と相互のカップリングの持続的プロセス・デザインとしてのハウジング研究の視点からすると、今年の論文の中に眼にとまるいくつかの論考がある。独断の謗を免れないが、4つのカテゴリーに分けつつ簡単にふれておきたい。
(1) 参加のプロセス論
住み手の自律と相互の有機的関係を編みこんでいく参加のプロセス論では、
丁・小林:大家参加型ワークショップによる小規模シェアードハウス計画に関する研究は、自己と他者のかかわりにおける集住の両義性のバランスの理解に至る良質なコモンセンス育みの実践研究として興味深いものがある。
福木、大月等:カンボジア・プノンペンにおける再定住事業に関する研究は、共有壁、2戸1住戸、共有空間をもつ住戸のグルーピングの手法をもって、従前の近隣関係、交友関係、血縁関係が持続的に反映された「相互性のデザイン」の実現プロセスが客観的に評価されている。
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(2) 自律的再生論
団地更新をとりあげた6編は全てこの領域にあてはまるが、オートノミー、ミューチュアリティ、サスティナビリティの観点から特筆すべきものをあげておこう。
小野寺・安部:団地統廃合を含む住民参加型の公営住宅再生マスタープランにおける住民参加の取り組みに関する研究は、「団地づくり」とは「もやい」の継承と実現を目指し、人間関係・地域関係づくりで継続的な社会活動である、と明記された「市営住宅活用計画」を住民と行政で策定しえたことは、誇るに足る地域文化の持続の志として共感する。
原田:団地再生における居住者組織の再構築は、住民主体の団地再生の自律性と相互性を具体的に考察しているとともに、特筆さるべきことは、周辺地域との連携、秀れた先行事例経験を団地間で交流し、後につづく団地住民間と連帯する社会的しくみづくりへの提案がみられることである。「自律的相互的組織性」の意味の多重性の中にsolidarity・連帯の視点を提起していることが注目される。
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(3) 空間構成論
空間の自律と相互的関係へのふみこみに見るべきものがある。
池田・森保:祝島集落の空間構成に関する研究は、「路居」という路地とカド(前庭)とセド(私有地)等が不可分に結びついた有機的空間生命体の検証は、サスティナブルな視点からの空間領域論に問題提起している。
服部・鈴木:住宅地の更新における小規模集合住宅群の建築計画は、密集市街地の中の不整形な小規模な敷地でのハウジング・レイアウトにおいて、住戸空間と環境空間が相互に配慮しあい影響を受容しあい、有機的関係のうちに、1つの秩序ある新しい統一性に到達する「自己組織性」としての空間形成法への考察として肯ずくところである。オートポイエシス論の空間的展開として今後のさらなる言及を期待したい。
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(4) 美的価値論
ハウジングにおける自律相互組織性を語る場合、自然生命的エコロジー、社会的エコロジー、精神的エコロジーの3つのエコロジーの統合の必要性と可能性が問われねばならない。それは、エステティックな美的なものの見方によって可能ではないかと思う。
大沼・伊藤等:住環境資産の経年と美的・心的価値に関する基礎的考察は、「文化的価値を公共財として保持する」という枠組みから「活用主体自身が能動的に継続活用する」ことにパラダイムシフトを行なうという新機軸の研究である。「経年価値とは、資産に対して美的あるいは心的な価値の深化を示す」という概念提起がなされている。萌芽的ではあるが、今後美的心的価値づくりをめぐって、感性(affection)の知覚(perception)への移行過程とそれらの往還関係の考察にふみこむことが、歴史研究と住民主体のまちなみ保全・育成の実践研究の新しい接点として注目される。
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いささか雑駁ではあるが、気になる論考をいくつかすくいあげる中で、「自律的相互的組織性の生成変化」の方法とは、いいかえると主体と客体、人間と住宅環境との相互交流を構造的にカップリングさせる状況づくりの創発であることがわかってきた。とともに自己と他者が創発する人間住宅世界の実践と研究のさらなる進展の方向性がみえてきた。住宅系研究の方法論を反芻し鍛えあげていくために、今後、機会があらば他の学問領域との開かれた討論の場がもたれることを願いたい。例えば、哲学・思想領域のオートポイエシス論、美学・感覚論領域のエステティクス論、政治学・社会学領域の相互承認論などである。
ともあれ、触発される思いをいただいた各論考と発表者と当日参加者に感謝を申しあげ、またこのような創造的学びの場にかかわりつづけたいと思う。