おだやかなほほ笑み。『ちいさいおうち』の冒頭の緑の丘に立つ家の表情は優しくてのびやか。一方、絵本の中ほどの高層ビルの谷間におかれて人が住まなくなった家の顔だちは、まるで泣いているような悲壮な表情。バージニア・リー・バートンは、家の一生の物語を描きながら、幸せな住まいとは、人に愛され住みこなされまわりの生命たちとひとつらなりになっていることをしなやかに示しています。
住まいとまちの絵本の古典としての『ちいさいおうち』(岩波書店)を思いおこしながら、住まいとまちの絵本ワールドのタンケン・ハッケン・ホットケンに赴いてみましょう。ところで絵本コレクションのきっかけはぼくの幼い頃に発します。第2次大戦終了直後の疎開先で母が近所の知人からかりてきた武井武雄作『オモチャのくに』のワンシーンに魅せられて、人間と環境のつながりに至福を感じるきっかけをえました。長じて建築を専門とするようになり海外調査のかたわら、住まいまちの絵本の収集をはじめました。1970年代半ばのことです。
集めた絵本を読み解き『こんな家に住みたいナー絵本にみる住宅と都市』(晶文社,1983年)を世に問いました。幸い、その後建築界や絵本界からうれしい反響をいただきました。住民参加の住まいまち育てにかかわって約30年になりますが、最初の10年位は大学の教師らしくものごとの定義や歴史から話しておりましたが、住民の方々は居眠りがち。ある日、幻燈会で絵本をお見せしましたら、みなさん身を乗りだしてこられました。その時以来、ぼくは住民との対話のコミュニティデザインを共にする時、はじめの一歩に必ず絵本を活用することにしました。
絵本を通じて生活者主体の建築まちづくりをすすめる理由は、物語絵本の力です。絵とストーリーの絶妙なまざりあいにより、思いがけない感覚が呼びさまされたり、心の中に眠っている想像力のつばさを広げられたりする時、人々は自分も絵本の中の物語世界を生きてみたいという意欲が喚起されていきます。想像力とはファンタジーでも単なるイメージでもありません。それは日常世界に隠されている頑なこわばった住まいとまちの表情に柔和さや笑いをそえる「もう1つの現実」を志し、「もう1つの真実」を構想する能力です。
秀れた住まい・まち・環境絵本は、困難きわまりない現実を変えていくイマジネーション・想像力を人々の心の中に養ない育ててくれるのです。そのことは子どもにとってはもちろんのことですが、心の固くなってしまった大人にとっても然りです。想像力を喚起し、状況をつくりかえる魔法を作動させる絵本の多様な可能性にふれて下さると幸いです。
延藤 安弘