日本建築学会大会が9月7~9日の間、横浜の神奈川大学で行なわれた。2日目の午前中、「住宅系研究の動向と新たな展開―その横断的議論―」というテーマでシンポジウムが行なわれた。4人のパネリストの発話とフロアーとのやりとりを3時間ききながら、自己の中にいろいろな感興をもよおした。
(1) アクションの連続としてのハウジング
クロスオーバー的に住宅系をとらえる視点として1つのフレーズを思い出した。かつて、John F. C. Turnerは”Freedom to Build”において確か次のようなキーセンテンスを明示していた。(ひょっとすると正確さを欠くかも知れないが・・・)
“Housing is both houses and action(or process ?).”
ハウジングとは、対象空間としての住居とその有機的群体のあり方をさすとともに、住み手がそれを住みこなし、自主改善し、行政が政策を立案・実践し、専門家が計画・設計を行なう等、多様な主体の一連のアクションの過程の両面をさす。ハードとソフト、客体と主体、分析と総合、オブジェクトとプロセス等々の総合的とらえ方がハウジング・住宅系である。
ハウジングの研究は大別すると、対象を客観的に分析・評価するFact-finding・事実発見型と、プロセスを評価・方向づけるAction-oriented・アクション志向型がある。今日これら両者をゆるやかにアソシエーション・連接させることを前提にしつつ、多元的でダイナミックなAction- oriented research が求められている。とりわけ、居住者がハウジングのありようを決定する原理的な行為者であるという立場からすると、会場での諸々の発言に触発されて、それには次の3つのタイプのプロセス重視・アクション志向研究の方向があることを感じとった。
(2) Trans-action, 人間-環境系相互浸透関係
そのひとつは、トランザクショナリズム(相互浸透論)。「建築計画学では、物理的存在である空間(建築)と、生命・文化的・時間的存在である人間を、それぞれ等価に、あるいは一体として捉えることに、その学問的存在意義を見出している」という大月敏雄氏(東京理科大)の要点記述はズバリ核心をついている。この日、大月氏の発言で共感したことのひとつに、郊外の建売住宅地の空家・空地を時間とともに住み手が新しい機能・活動の場に変容・育成している事実をとらえて「人間は空間を耕やす存在である」と明言したことである。
「耕やす」というキーワードは、ロバータB・グラッツのいう”Urban Husbardry”(都市の養育、まちそだて)に近いものがある。「まちこわし」をもたらす従来の地域資源破壊の開発をこえて、地域資源を耕やし価値あるものに育てていく「まちそだて」の視点は、これまでのトランザクショナリズム、人間と環境の相互にふくみあう関係のデザインから、さらに双方が相互に発達・進化しあう関係のデザインへと次元を高めているのではないか?「人間は空間を耕やす存在である」という規定は、「相互浸透論」から、人間と環境系が相互に内属しつつ、人間も空間も相互に発達しあう「相互育成論」への視野を開くものとして、今後その内実の検証と理論化が期待される。そこには、彼が当日「建築学会内部の交流よりも、建築外との交流が今後重要だ」の発言とも呼応している。「相互浸透論」も「相互育成論」も、建築学と人間学、教育学、社会学、政治学、文学等との開かれた相互交流の中で鍛えられていくものではなかろうか?
(3) Collaborative Action, 多様な協働価値づくりの世界をひらくこと
次に、コラボラティブ・アクション。「きょうどう」は、共同collective, 協同co-operative, 協働collaborative, 等と状況に応じてニュアンスの違う意味をはらむ。とりわけ、創造的なハウジング・コミュニティ形成のためには、住民・自治体・専門家等の多元的協働の関係を生成し、形式的分担関係ではなく、相乗効果があらわれる生き生きとしたコラボレーションのプロセス・デザインが全国各地で待たれている。その具体的で重要な課題の提起がいくつもなされたが、野沢康氏(工学院大学)は、都市計画の分野から、閉塞した状況に対して未来を開くプロジェクトを投企するという意味での計画の積極的中身の検討として「居住・居住地像」を提起。肯くことしきり。地域文脈にそった高密快適居住、かつ、良質景観形成型のハウジングの提案と関係主体との応答過程の立ち上げが待たれよう。その際、大月氏のいわれた建築計画と都市計画の狭間にある1/200と1/500の間を埋める、「住宅複合街区」レベルの提案の錬成過程が問われる。
コラボレーショ・デザインの領域における切実にして緊喫な課題は、鈴木浩氏(福島大学)のいわれる地域居住政策の展開である。それは、規範性と弾力性のある住宅マスタープランや市町村マスタープランの創造的策定・運用と、市場力と市民力の拮抗のきめ細かなコントロール等の創意工夫である。後者について、コメンテイターの高見沢実氏(横浜国立大学)は、市場力を悪、市民力を善ととらえる短絡的発想ではなく、健全な市場力と責任ある市民力の幸せな結びあわせを目指すべしの意について触れられたが、重要なカンドコロである。
鈴木氏は、同時代のハウジングの創発的課題に鋭敏である。バーミンガムでは文化人類学の研究から、”Credit Union”という市民がお金を出しあって住まい・環境を共に整えるやり方を適用しているという。それはわが国の「無尽」のようなものだという。地域居住政策にこうした地域的・伝統的手法が新しい状況の下で再創造されるアプローチへのアクション・オリエンティッドな実践的研究が待たれている。
(4) Generativity Action, 次世代育成行動志向
3つ目の重要なアクション・オリエンティッドな研究は、価値継承と次世代育成の行動志向である。
神吉紀世子氏(京都大学)は、和歌山の農村でのローカル文化圏の集合としての集落景観を守る知恵をどのように次世代が受けついでいくのか、地域固有の環境資産を守る知恵の継承について、具体的かつまさにアクション・オリエンティッドな方向を示された。碓田智子氏(大阪教育大学)らの「都市祭礼の住文化研究における多様性」は、地域に継承されている祭礼実践の場そのものが、地域住民の伝承による住教育であることを指摘されている。
都市には集合住宅・団地・マンションが集積している。それら集住体の管理運営にユーザーが自発的にかかわる発想と行動を担う次世代居住者層が如何に育成されるかによって、未来の集合住宅・マンションの居住とマネジメントの質が決定されていく。
未来の意志決定者は子どもたちである。次世代に、人間環境相互浸透、相互発達関係をもたらす「環境資産」をどう伝えていくのか、地域に根ざしたハウジングと街区景観のあり方は「環境と共に生きる知恵」の継承・再創造に規定されていく。次世代育成のための住まい・まち学習の多面的展開と評価は、アクション・オリエンティッドな研究として抜きがたい重要な柱である。
(5) 今後に向けて
以上のような状況を変革していくアクション・オリエンティッドなハウジング&コミュニティの研究では、その目標とする建築学のアイデンティティ・魂は、次の5つの価値実現にあることを常に心がけていきたい。
・誰もが地域に安心して住みつづけられる
社会的公正性
・コミュニティでの相互支援の多様な関係が生成する
生活的きょうどう性
・地域文化の記憶の継承としての
景観的美しさ
・地域の環境資源を守り継承する
環境共生
・これからのあり方・規範を提案し対話の中で合意できる
応答的ビジョン
この日のシンポジウムは、主題に対して横断的キーワードとある種の共通性や普遍性の尺度を認識する創造的チャンスであった。こうした場を設定された高田光雄氏(京都大学)に敬意をあらわすとともに、彼のまとめにあった今後のビジョン検討にあたって、願わくば建築学の外からのポレミカルな論者との開かれた討論の場がもたれることを期待したい。
多謝。
2006年9月11日
愛知産業大学大学院教授 延藤 安弘