6月28日、旧日銀支店岡山支店「ルネスホール」の日本建築学会賞(業績賞)を祝う会があり岡山市に出向いた。
受賞者は、旧日銀岡山支店を活かす会/NPO法人バンクオブアーツ岡山、佐藤正平、西澤英和、岡山県。
当日は、受賞業績の一番の中心であった「佐藤正平さんの2012年日本建築学会賞(業績)受賞を受賞者共々にお祝いする会」として開かれた。
(写真(上)当日の資料より)
あいさつする
佐藤正平さん 「この場を人でいっぱいにする音楽会が一番うれしい」と佐藤さん
審査員の1人としてかかわった立場から祝辞を求められ、会場いっぱいに集まった約150人の人々に次のようなお話をした。
この作品は建築家、市民、NPO、行政の協働のたまものとして次の5点が高く評価された。
第1に、幸いと慈しみの場所のたまものである。90年前(大正11年)長野宇平治によって設計された旧日本銀行は、昭和20年の戦火に焦土と化した都心にたった1つ生き残った。昭和62年に新しい日銀に移転した時、残された旧日銀は、平成元年岡山県が取得。平成11年「旧日銀岡山支店を活かす会」(座長・荒木雄一郎氏)が設立され、市民による熱くて楽しい文化創造活動の場として育みつつ、建築の保存・再生の動きを高めた。平成10年岡山県は旧日銀を多目的ホールに整備することを決定し、「活かす会」の主力メンバーは同ホールの管理運営を引き受けるための、NPO法人バンクオブアーツ岡山(理事長:黒瀬仁志氏)を設立。平成17年第一期改修工事完了。平成23年第二期改修工事完了・・・このような時の流れのもとに、岡山という都市の生い立ちの中で、旧日銀は生き続け、市民に格別に慈しまれながら近代遺産の創造的保存活用と、まちに開かれた都市庭園の整備をなしえたことは、市民と建築、ユーザーと公共施設の相互に浸透しあう幸いと慈しみの場所のたまものである。
第2に、トータルに真に豊かな空間のたまものである。執務空間から変身した多目的ホールを始め、この建築全体が古い空間と新しい空間が精妙に融け合い、独特の品格と美と落ちつきをみせている。例えば多目的ホールの四隅の柱は、架構的構造体でありながら、かつ聴く人々に妙なる音楽をここちよくとどける設備体でありながら、加えてその軽やかにしてリズミカルな格子模様と白い清潔感により、人々に美的快感をとどける意匠体ともなっている。そこには構造・設備・意匠が有機的生命的な連なりをなめらかに仕掛けるデザインの意思が鮮やかに刻印されている。建物正面の古典主義建築とモダニズムのエントランスホールは、プロポーション・リズム・ボリューム等において同質性を、材質・開放感・細部等において異質性を際立たせている。ここには、古典主義とモダニズムの連続・不連続の絶妙なバランスにひたされたトータルに真に豊かな空間がある。豊穣な空間は時間の推移を生命軸にして生成することを伝えている。
コーナーの柱は構造・設備・意匠の融合体
第3に、衝撃的に粘り強い柔かい運営のたまものである。クライアント(県)の炯眼は、公共空間設計における地元に密着した専門家と、公共空間運営における地元市民まちづくりNPOを適確に選定した。とりわけ今日公共施設の管理運営の全国的な仕組みである指定管理者制度が、コスト節減のみに走り、市民サービス軽視が多い中、岡山県は市民文化活動の創造と公費節減とNPO法人の安定経営を整合させるように、指定管理者制度運用に独特の岡山方式を編みだした。これは、全国の公共施設管理運営の範として特筆すべきことである。
クライアント(行政)として見識ある取り組みをされた元副知事・本田茂伸さん(右)
第4に、ヘイブン=安息の場を表現しうる市民文化活動のたまものである。この日チェリストは、カザルスの「鳥の歌」を演奏した。ぼくが審査のために多目的ホールに足を踏み入れた時は、市民女声合唱団のコーラスの練習に出会った。何れも演奏の場を包む空間は人々の調べの表現をいっそうここちよく盛りあげ、聴く者に天に昇るような気もちを授けてくれた。ここには空間の力と市民の力の相互に響きあう場所の力が着実に育まれている。
公共施設「ルネスホール」大好きな市民・旧日銀岡山支店を活かす会座長・荒木雄一郎さん(左)と、NPO法人バンクオブアーツ岡山理事長・小玉康仁さん(右)
第5に、いろいろなトラブルをエネルギーに変える過程のたまものである。ここに至るまで歴史の魅力と現代を生きる市民の活力が交響する過程には、おびただしい葛藤・対立・トラブルが多発したであろうし、これからもそうであろう。「ゆっくりと粘り強く、持続するこころざしが大切」のコンセプト・ダイアグラムには、「格闘と協働」の言葉がうかがえる。そうなんや、協働というまろやかな言葉の裏には、現実に「格闘技」のようなせめぎあいと切磋琢磨が待ちうけているんや。
ゲームのように「格闘」を楽しみながら、トラブルをエネルギーに変えるしなやかさとしたたかさを、市民も行政も建築家も共に養っていく過程こそアートである。
このとりくみのコンセプトチャート
長いお話に会場の方々は、しんぼう強くつきあって下さった。
これで終わりと思ったであろう人々に「最後に以上の5つのキーワードの頭文字をたてにつないで韻をふむもうひとつのキーワードをさがしてみましょう」といってしまった。
それは「
佐 藤 正 平 」!
その場には大きな拍手!
佐藤正平と岡山の仲間たちは、公共施設の育み方、古い空間と新しい空間のカップリングの方法、ハード・ソフト・ハートの浸透法、等について未来をひらく真にクリエイティブな道筋を具体的に感動を伴って明らかにされた。
この夜、ルネスホールで、人間・空間・時間の交響のデザインの素晴らしさを深々と呼吸し、充足感を心にいだきながら、岡山駅から最終新幹線で帰名した。