この1年間、毎月1回台湾大学に通い、台湾の原住民主体の居住地づくりの実践・研究にかかわっています。5月は、台北の後に高雄のカンファレンスに招かれました。高雄といえば、去年の6月に同市の行政職員等の一行がまちの縁側MOMOを訪れたことがあります。その際、一行のメンバーの中の小学校の女性の校長先生は、いたくMOMOの存在に感動された由。その感動はかの地に早くもまちの縁側の誕生をもたらしました。
南台湾の港や山に恵まれた高雄市のまち中の明正小学校で、8年前から校長の李素貞先生は、元々美術の先生ということもあり、校庭のあちこちにアート環境が息づく場をつくってこられました。例えば、校庭の塀を取り除き、道側に生徒の美術作品のギャラリーがつくられています。独特のガラスタイルによる夜も光を放つ美しいものです(写真1)。また、原住民文化への尊重と表現による継承活動の成果として、校庭内のある建物は原住民文化ミュージアムとなっています。多文化共生のしかけとして、校庭には、生活文化の象徴としての絵にそえられる言葉として、中国語・原住民語等によって表わされたプレートが並んでいます(写真2)。
他にも稀にみる見事な美術表現の場が織りなされるとともに、学校敷地のすぐ外側のまちの道路の清掃と美化に、地域住民の協力協働をえてのまち育て活動が持続しています。
こうした一連の学校教育を通して地域に発信する表現と地域との協働の活動の流れの中で、おのずから「まちの縁側」づくりにも結びついたのでしょう。正門を入った左手の守衛室がまちの縁側です(写真3)。「明正国小(国民小学校)社區閲讀站」の字がうかがえます。即ち「コミュニティ読書室」としてのまちの縁側なのです。守衛室の足元に2.5mぐらいの木のデッキがのびており、その上におかれた机と椅子がみられます。夕日がおちかからんとする頃に下校する子どもと入れ違いに地域住民たちはここに三々五々やってきて、原住民文化の伝承のための紙の船の手作り作業に興じます(写真4)。守衛さんが彼女たちにお茶や食事を配りにきます(写真5)。守衛室の内部に入りますと、メーター盤などがきれいな絵画などで隠されており、住民がもちよった子どものための本が書棚に並んでいます(写真6)。連日、ここは人々のかかわりでにぎわっています。
守衛室という誰もが近よりやすい位置に、縁側のようなデッキをつくり、アルジとしての守衛さんが地域住民を歓待している様子には、感心しました。そこには、まちの縁側MOMOと共通するエンガワ育み原則が息づいていました。
第1に、既存の場所を活用して人と人の交流する対話空間を育む。
第2に、そこを守り人々を歓待するアルジが存在する。
第3に、柔らかく、美的なしつらえにより、人々に和みの感覚を届ける。(「エンガワ・デザイナー」の存在の役割が大きい。)
第4に、一過性の出来事でなく、持続的に運営されていく。
第5に、多様な活動が次から次へと人々を育み、地域(学校)を元気にしていく。
同時代のまちの縁側効果にふれることができ、とっても励まされました。特に美術教師の「エンガワ・デザイナー」ぶりには触発されました。アートには、美の力のみならず、状況を変える企む力と人と人を結ぶ力といったまち育て力があるのですネ。
写真1
写真2
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写真6